歩き遍路 平成19年春( 5日目) 
    18番恩山寺→19番立江寺→20番鶴林寺手前

●5日目の行程を見る



 JR徳島駅から2つ目のJR蔵本駅前から出発です。
 明日の2番の遍路ころがしとして有名な20番鶴林寺→21番太龍寺の遍路を考えると、今日は20番鶴林寺手前の金子やさんに宿泊したい。
 距離は31km、最も高い所は地蔵院を越えた辺りが150mです。
 今までは徳島平野の周辺を回っていましたが、今日は徳島の中心地から眉山を回って小松島市に入り、8番恩山寺と19番立江寺でお参りして勝浦川沿いに20番鶴林寺手前の金子や迄遍路します。
 途中小松島市では、寿永四年讃岐屋島に逃れた平家軍追討のために義経が小松島に上陸して屋島に進軍した進路を通ります。
 義経が小松島に上陸して屋島に進軍した進路は、「義経ドリームロード」として整備されています。

 大正楼を出たのは7時30分、宿泊した金子やについたは6時30分です。







●JR蔵本駅前大正楼→18番恩山寺

目覚めると何か見えます。寝惚けてるのかと目を凝らせば日章旗が見えます。

明るいときは気にしなかった欄間なのですが部屋を暗くすると隣の部屋の光が欄間を通して入り込んでいるのです。今頃、何故と思いました。
昔はこの近くに連隊があったと聞いています。その時代に建てられた名残でしょう。
旅館のの名前を頭に浮かべて納得しました。
大正楼の泊まった部屋です。二部屋あって、床の間があって、欄間があります。
大正楼を出て近くの旅館の写真を撮ろうとしてたら大正楼の女将が追っかけて来て、旅のお供と言ってお接待を戴きました。ありがとうございます。 別の旅館の前で大正楼の女将に写真を写して貰いました。
大正楼は、この写真では見えませんが後ろの左側にあります。
地蔵院です。外から失礼致します。 地蔵越えの道に入った所の竹のベンチで休ませて頂きました。竹や水を使って色々趣向を凝らしておられます。水車もあります。 遍路のホームページで有名な大野さんに会いました。色々教えて貰いました。29泊30日で行かれるそうです。荷物はほとんど体のベストに付けておられます。
地蔵越えの下り坂です。結構急な坂が続いております。 ここにも潜水橋があります。大雨が降ったらこれも川の中に入ります。
勝浦川橋を渡りました。後3キロ位で次のお寺です。 JRの線路を越えています。 さすが徳島です。押しボタン信号もLEDの信号になっています。多いんでしょうね。
阿南は日亜化学の場所ですかね。阿南までは14kmです。

●18番恩山寺→19番立江寺


18番恩山寺の山門です。 18番恩山寺の本堂に行く参道です。地滑りがあったのか階段の手すりがぐにゃとなっています。
納経所で聞いたのですが、金属泥棒かね!と返事がありました。未だ気づいて無いようです。
本堂に行く参道です。階段もなくただ流された土がゴロゴロとあるような山道です。わりと急です。
恩山寺入口です。
弘法大師御母公ゆかりのお寺の石碑があります。
18番恩山寺の本堂です。 18番恩山寺の太子堂です。
市山煙火工場です。
市山煙火商会さん 途中の遍路小屋に協賛されてたような記憶があります。
その折はお世話になりました。
花火工場です。一つ一つが隔離された作業場になっています。頑丈な造りです。 横に3尺玉打ち上げ筒というのがあります。結構大きいです。

●19番立江寺→20番鶴林寺手前



19番立江寺の山門です。 19番立江寺の本堂です。 19番立江寺の太子堂です。

3時頃19番立江寺に着いてラーメンの食事をした後お参りして帰ってきたら笠の所に草鞋がおいてありました。そしておばあさんが来てこのドリンク剤をお接待してくれました。
おばあさんは10回ほど廻ったらしいです。バスでチャラチャラしながら廻るなんてあんなの30回廻ったとしても歩き遍路の方が御利益があると。

  おばあさんに一周廻れるかなあと言ったらお大師さんが引っ張ってくれる、引っ張ってくれると言って元気を付けてくれました。


巨樹クスノキとあります。本当にごつい、すごくごつい、何故こんなにすごいですか。

巨樹クスノキです。カメラには入りません。ホースが出てたり、あちこちに貼ってたり、大きな所が切れたりしています。又木の真ん中から土が積もって新しい木が出来ています。
櫛淵八幡神社です。
巨樹クスノキは境内にあります。
ビッグひなまつりとあります。勝浦町でやられております。軒並みの店に次から次とあります。
町一丸ととなって町興しをされているのですね。町が花が咲いたように華やかです。





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